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更新日:2024年3月11日

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所蔵資料蔵出し「大正大震災大火災」

大震災01

大正12(1923)年10月1日発行

One23Vol.38(2019秋号)掲載

本書は大正12年9月1日に起こった関東大震災についての記述です。今回は、本書を通じて大正12年に起きた大地震の様子をみていきましょう。

大震・大火災

午前11時58分に発生した大きな揺れ以降、3日間で1700回もの余震を記録しました。これは、地震国と呼ばれる日本が平均3年分に経験する地震の回数でした。また、本文にも「大震と大火!眞に筆舌を絶する大災害であつた。」とあるように被害を及ぼしたのは地震だけではありませんでした。お昼時であったため、多くの家庭が火を扱っており火災の影響が大きかったのです。市内76ヶ所から猛火は燃え上がり、東京市の大部分を焦土させました。判明死者74,000人、行方不明者20万人余りという死者の数から考えても被害が甚大であったことが伺えます。

大震災02

震災後の東京の様子

震災が生んだ新商売

震災後多くの人々が職業を失い、職業紹介所に押しかけました。そのようななかで、新しくあらわれた商売もありました。その一つが金庫破りです。この金庫破りは多くの人でごった返している焼跡の大道を、鉄棒金梃大金鎚などの危険な七つ道具を肩に、「金庫破り」と書かれた旗を持ちながらあちらこちらを横行していました。街に残された金庫を破る請負をしていたのです。また、この震災の影響で一時的に現れた職業もありました。それは震災の影響で亡くなった多くの方を運ぶ死体運搬の人夫です。給与は、被害の大きかった横浜では五圓(えん)と米一升、東京では四圓ほどでありました。

大震災03

職業紹介所に押しかけてきている様子

復活する大東京

大震災のために東京は殆ど全滅し、大きな被害を被ったという報道が世界に伝わると、各国は支援金を募り、国際連盟会議では日本の震災を考慮し、国際連盟に対する日本の負担額の軽減を可決するなど手厚い支援を行いました。このような支援を受けながら、東京復興のための二十億円十五年計画が出来上がりました。今回の震災では橋の不足が悲惨事を生んだので、橋を多く新設することや道路に燃えやすい木製のものを使用しないことなど、震災に鑑みて計画が立てられました。

大震災04

隅田川の橋の新設の図

お問い合わせ

所属課室:事業部調査研究課

電話番号:03-5210-9683

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