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特別区基礎講座 解説を読みながら、特別区のこれからの姿を探ってみよう。

課外授業 「都の区」の制度廃止と「基礎自治体連合」の構想

解説1払拭されない「大東京市の残像」って何だろう? ポイント
昔は東京市があったんだよね

はじめに、特別区の歴史をおさらいしておこう。
まずは特別区基礎講座で学んだ都区制度の歴史ね。昭和18年に東京都が誕生し、それまでの東京府と東京市は廃止になりました。廃止された当時の東京市は35区で、ほぼ現在の特別区の区域と同じだったんですよね。
その後、昭和22年に地方自治法が制定され、特別区は基礎的な地方公共団体となったけど、昭和27年に特別区は都の内部団体になったんですよね。そして、ようやく平成12年の都区制度改革で基礎的な地方公共団体となったんですね。
みごとじゃ。じゃが、現在の特別区は都の内部団体ではないにも関わらず、まだそこに東京市があるかのような「大東京市の残像」というものが存在しておるということじゃ。それを確認することにしよう。
大東京市の残像
払拭されない「大東京市の残像」(概要版1ページから:本文では6ページに記述)

 地方自治法の制定に先立ち、戦後改革の一環として、昭和21年、特別区を基礎的な地方公共団体とする「東京都制(昭和18年法律第89号)」の改正が行われた。現行都区制度は、この改正「東京都制」を地方自治法に引き継いだものであったにもかかわらず、昭和27年の地方自治法改正により、特別区は再び都の内部団体とされ、23区の存する区域は、あたかもそこに一つの東京市が成り立っているかのように、都による一体的統制の下に置かれることになった。
 「平成12年改革」は、戦後半世紀に及び23区の存する区域における基礎的な地方公共団体は都であるとしてきた法の位置付けを改め、それぞれの特別区がこの地域における基礎的な地方公共団体であるとしたものであった。
 しかし、都区制度の枠内で行われた「平成12年改革」は、依然として、東京大都市地域を一の市ととらえ、広域自治体である都がこの地域の主体であるかのように振る舞う制度的可能性を内包しており、それは「都の区」を特別区とする都区制度に内在する「大東京市の残像」であるといえる。

 平成12年改革については本文1ページ又は関連資料1ページを参照